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  • 150年も生きる?ウズベキスタンの長寿の魚

    150年も生きる?ウズベキスタンの長寿の魚

    3億年も昔から地球上に君臨し、今に生きる「活きた化石」、チョウザメ。
    シーラカンスと同世代からの全骨魚類。

    恐竜が絶滅した地球大変革期、マンモスが死滅した大氷河期をもろともせず、
    絶滅しないで行き続けてきた強靭な生命力にウズベキスタンの人々は畏敬の念を込めて慕ってアラル海(湖)では漁業も発展していた時期がありました。

    数十年生きる長寿の魚 チョウザメ(蝶鮫)も生息していたのです。

    中には150年生きたとされるチョウザメもいます。

    もちろん世界3大珍味の黒いキャビアの親魚がチョウザメです。

    河川に生息し、湖に下る種類と海に下る種類に分かれます。

    ウズベキスタンではキルギスの天山山脈を源流とし、ウズベキスタンを通ってカザフスタンのアラル海北部に注ぐシルダリア川と、タジキスタンのパミール高原を源流からトルクメニスタンを経てウズベキスタンのアラル海南部に流れるアムダリア川(アラル湖)にも生息していましたが。

    今はアラル海(湖)の環境破壊とともに壊滅状態。。。

    絶滅しないで行き続けてきた強靭な生命力にウズベキスタンの人々は畏敬の念を込めてハサミとして製作を続けています。

    ハサミ製作の時間は長寿と強靭な生命力を人々の生活の中に取り込み発展を願う祈りの時間でもあります。

    チョウザメのハサミはSilk Road Shop からも販売しています。
     

    この商品の利益の一部はアラル海(湖)の環境破壊改善とチョウザメ生息環境復活に向けた取り組みに支援します。

    One Team One Family One Asia / Pacific
    チョウザメも地球家族の一員。。

    アラル海(湖)の環境問題と水資源、水産資源の持続可能な発展秘策案については今後シリーズで取り上げていきたいと思います。

  • ウズベキスタンのお祭り① 「イードアルアドハ」

    ウズベキスタンのお祭り① 「イードアルアドハ」


    2020年7月30日から31日
    ウズベキスタンで休日のイードアルアドハです。Eid al-Adhaお祭り)
    イード・アル=アドハー(عيد الأضحى 、Eid ul-Adha)はイスラム教で定められた宗教的な祝日。イブラーヒーム(アブラハム)が進んで息子のイスマーイール(イシュマエル)をアッラーフへの犠牲として捧げようとした事[1]を世界的に記念する日。ムスリムのラマダーン明けのイード(祝祭)の1つである。

    イード・アル=フィトルと同様に、イード・アル=アドハーは短い説教をともなう祈祷(フトゥバ)から始まる。イード・アル=フィトルより長期間にわたるため、大イードなどとも呼ばれる。また、日本では犠牲祭と意訳される。

    この休日は、ラマダンが終わってから70日後に祝われます。 この休日はすべてのイスラム教徒の国に存在します。 すべてのイスラム教徒がこの日に休息します。 彼らは近親者の状態に関する情報を取得します。 伝統的に、この休日には小麦粉製品からさまざまな料理が作られます。

    近所の人たちにも食事を提供しています。貧しい家族に財政援助が提供されます。この日に多くの善行が行われます。彼らは羊をさばいて、犠牲にします。羊の肉は無料で人々に配布されます。この日、朝早く、イスラム教徒はモスクに祈りに行きます。

    この日、子供たちは両親、親戚、イスラム教徒がお互いを訪問し、同情を示すことが知られています。 残念ながら、今年、私たちの宗教のそのような高貴な伝統を実践するのにいくつかの困難があったことは事実です。

    残念ですが今年はイードの祈りはモスクでは行われません。

    コロナウイルスのパンデミックのために、イスラム教徒は彼らの家で祈る必要がありました。

  • 「ナボイ劇場建設秘話」シリーズ第1回

    「ナボイ劇場建設秘話」シリーズ第1回

    ウズベキスタンの人々とナボイ劇場建設に携わった日本人(兵士)との当時の交流の様子、秘話など建設現場責任者だったお爺さまのお孫様で現在日本在住のNodiraさんに執筆を依頼しました。

    私はタシケント出身のノディラと申します。私の祖父と日本人の兵隊さんの友情についてウズベキスタンに旅する皆様にお伝えしようと思っています。

    「私のなかで生きつづける、日本への想い」


    世界では、毎日たくさんの出来事が起こり、
    この瞬間は、すでに過去のこととなってゆく。
    しかし、人が人を想う心は
    たとえ戦争で辛い壁ができようとも、
    未来永劫、国境を越えて語り紡がれてゆくことだろう・・・

    私は生まれた頃から、ずっと祖父と一緒に暮らしていました。祖父との思い出は、どれもこれも楽しかったことばかりです。

    生前の祖父の職業は、建築家でした。ウズベキスタンのタシケントに現存する、たくさんの公共施設の建設に携わりました。それらの話を祖父は、まるでおとぎ話を聞かせるように、毎夜優しく話してくれました。

    なかでも「ナボイ劇場を日本人と一緒に建てた話」は私の一番お気に入りの話なのです。

    建設に着手した1945年は、ウズベキスタンがまだソビエト連邦の一員だった第二次世界大戦直後で、タシケントにもたくさんの日本人捕虜が収容されていました。日本人の勤勉さを知っていた祖父は、ナボイ劇場建設にあたり、「せめて日本人が少しでも快適に暮らせるように配慮をしてほしい」と政府に手紙を書いて働き掛けました。

    当時、彼らが収容されていた収容所は、暮らすには非衛生的で窮屈過ぎました。しかし、収容所以外の場所に日本人捕虜が勝手に住むなどということは当然禁じられていたため、祖父は当時自分が住んでいた町の、少しでもましな場所に住まわせたいと直訴していたそうです。

    その間祖父はことあるごとに日本人を家に招き、居間には暖炉が灯されて、笑顔が溢れていました。

    お互いに言葉も立場も違いましたが、気持ちのなかでは次第に雪解けてゆくことを感じていたのです。そして祖父は、ある一人の日本人と親しくなりました。はじめは身振り手振りでの会話でしたが、なぜだかすんなりと通じていたのでしたから驚きでした。

    祖父、「祖父我々には心があったから会話できたのだと思う、大切なのは心なのだよ。」と何度も反芻するように話していました。

    そうして祖父はこの同じ歳の日本人に親愛の情を込めて「ウスタ」という名前を贈り、友情を深めていったのです。お互いの言葉を理解できるようになるのと同時に友人から親友へ関係を育んでいったのでした。

    つづく(次回の配信をお楽しみにしてください。)

    この物語は絵本「アミノフと兵隊さん」として2018年に自費出版されています。

    アミノフと兵隊さんオフィシャルサイト


    Silk Road Project ショップからご購入できます。

  • ウズベキスタン健康法

    ウズベキスタン健康法

    新型コロナウイルス感染症の予防と治療、について両国民と家族が共に力を合わせて課題を一つ一つ克服していけるよう祈ります。

    両国の各民間と家庭でのお互いの健康増進方法なども共有していければ幸いです。

    治療薬の一つの日本製アビガンがウズベキスタンにも無償提供されました。
    今後、治験情報の共有などから治療方法を確立していくことを願います。

    以下紹介記事参照

    日本製アビガン(ファビピラビル)の200,000パッケージがウズベキスタンに提供されました。 これは、厚生大臣アリシャー・ショドモノフから報告がありました。Kun.uz」“Japanese-made anti-COVID-19 drugs have been imported to Uzbekistan” – Alisher Shadmanov

    https://kun.uz/en/01447431

    明確な治療法や安全なワクチンが開発されるまでは、ウズベキスタン、日本のそれぞれの文化に即した免疫力の向上、頻繁な手洗い、うがい。三密を避ける、マスクの着用など今できる感染予防に努めていきたいと思います。

    それぞれの免疫力アップ方法や感染症予防方法など有れば共有お待ちしています。

    日本とウズベキスタンの健康法を紹介したCM

    https://youtu.be/mJqjyXm2z88

    「イスリック」という草の煙を浴びると健康になれるというもの。

    ウズベク語では「イスリック」
    ホレズム弁では「イスバンド」

    イスリックは砂漠に育つ草で、ウズベキスタン、カラカルパクスタン、トルクメニスタンの砂漠で育ちます。

    そのイスリックをほんの数秒燻し、その煙を浴びると病気が治るといわれています。
    特に冬は風邪予防のため、家庭では毎日炊いて部屋中に煙を巻くんだそう。

    匂いで免疫力アップ???????

    またイスラム教では、病気になるのは悪い目があるからだと言われ、このイスリックの煙が悪い目を祓ってくれるから病気が治るとも信じられています。
    邪気を祓うために玄関にイスリックを飾っている家も多くあります。

    夏の今、砂漠では乾燥して黄色くなったイスリックがいたるところで見ることができます。
    またバザールではイスリックがたくさん売れられています。

    ウズベキスタンにもヨーグルトはあると聞いています。

    また調べてみましょう。

    写真はヒヴァ、ホレズム観光情報発信局からの引用です。

    イスリックの草を浴びる、風邪の息子さんの様子(ヒヴァ)
  • 日本×ウズベキスタン共同ビジネス発展の展望と課題

    日本×ウズベキスタン共同ビジネス発展の展望と課題

    岡田 光太郎(おかだ・こうたろう)

    2014 年 4 月プライベートでウズベキスタンを旅行し、ウズベ キスタンの魅力にはまる。入社以来 2015 年まで某 IT 企業半導 体デバイスの営業・マーケティング・新規ビジネス開拓に従 事。中央アジアマーケットの開拓を志願・提案し公共ビジネス 部門のグローバルチームに移籍。中央アジアビジネスの開拓を 担当する。現在、新興国の IT 化支援をミッションとする団体に 出向。ASEAN 諸国がメインターゲットであるが再び中央アジ アマーケットにエントリーすることを画策中。

    新規市場参入に加え、中央アジアの知名度が極めて低く、まず は「とにかく知ってもらう」という点で労力を要した。新興国 のパブリックセクタービジネス推進のためには官民の連携が必 須であり、提案活動のために国土交通省主催の二国間の官民イ ンフラ会議や農林水産省の日ウ農業共同作業部会、日本ウズベ キスタン経済委員会主催の日ウ経済合同会議等に参画した経験 をもつ。

    日ウ共同ビジネス発展の展望と課題について岡田さんにお伺いしました。

    岩田 :
    独立後、日本政府間の提携の歴史、要人の交流を踏まえて現在にいた るまでの経済交流の状況をお教えいた だけますでしょうか?

    岡田 :
    日本で初めてウズベキスタンを 訪問した閣僚は現日本ウズベキスタン 友好議員連盟会長の麻生太郎副総理(当時経済企画庁長官)で、現地では 非常に有名です。2006 年に小泉純一 郎が日本の総理として初めてウズベキ スタンを訪問しました。2015 年に安 倍総理が日本総理として初めて中央ア ジア 5 か国訪問(ウズべキスタンの 首相訪問は二度目)するまでは日本の 首相の訪ウがなかったのですが安倍総 理の訪問時には改めて日本人抑留者の 墓地や抑留者資料館、抑留者が建設に 携わったアリシェルナヴォイ国立劇場 を訪問し日本とウズベキスタンの特別 な絆に光を当てられました。私がウズ ベキスタンとのビジネス開拓を始めた ころにはすでに大きくは ・「中央アジア 5 ヶ国+日本」とい う外相対話の枠組み・「日本 – ウズベキスタン経済合同会 議(持ち回り開催)」 がありました。加えて日本側では現政 権になってから特に重視してきたのが 日本の質の高いインフラシステムの海 外展開を戦略的に推進することで、官 邸主導で 2013 年から「経協インフラ 戦略会議」を省庁横串で立ち上げてか ら積極的に官民連携で新興国に対しTOP セールスのアプローチを強化し ています。中央アジアもやはり総理の 5 ヶ国訪問をトリガーに各省が企業と 連携してさまざまな取組を行ってきて います。私は特に国交省が主催する「日本 – ウズベキスタン官民インフラ 会議」等に参加しました。直近すぐに 売り込めるものや手がけられるものが ない状況でしたが日本のインフラ技術 の先進事例を紹介しました。やはり政 府対政府(G toG)の枠組みで対話を することで通常なかなか会えない政府 高官とのバイ会談に同席したり通常な かなかたどり着けないコンタクトウイ ンドウを指定してくれたりするのでや はり政府と連携する TOP アプローチ というのは大切なのだなと感じまし た。

    日本のインフラ技術に関してはや はり3つの「Japan Premium」と いうものをしっかりアピールする必要 があると思います。 ・高品質であること ・人材育成まできちんと行うこと ・維持管理、メンテナンスを重視する こと この3つをきちんと提供することで、 たとえ入札の段階で他国よりも高いも のであっても 50 年~ 100 年スパン で見れば LCC(Life Cycle Cost)が 削減できる。長い目でみればやっぱり 日本のインフラを導入したほうが安上 がりだよねと言っていただけるものだ と思います。ウズベキスタンには日本の「安物買いの銭失い」に近い「貧乏 人は2度金を払う」ということわざが あるそうです。ですので本質的に LCC の概念、良いものを使えばたと え導入時には高くても長い目で見れば お得であるということを理解されてい る人たちなのかなと思います。現場レ ベルではやはりシルクロード商人の末 裔ですからハードネゴシエーターは多 いのですが(笑。これら日本の強みを 私たち自身が強みとして自覚して自 信を持って打ち込むことが大事だと思 います。経済を発展させるために非常 に重要な要素としてはやはり安定した 電力を供給できる発電インフラの整備 が必須です。ですので近年、日本から の支援として電力セクターに対して大 型の円借款を実施しました。日本企業 の直接投資という意味ではいすゞ自動 車による地元企業との合弁企業
    (SAMAUTO 社)が商用バス、トラッ クの現地生産を行っていますが現地で は非常に高い評価を受けています。も ともと勤勉で手先の器用なウズベキス タンの労働力が日本式の生産管理や品 質管理を活かした質の高い生産拠点と して高く評価されています。

    つづく

  • ウズベキスタン料理紹介シリーズ 2

    ウズベキスタン料理紹介シリーズ 2

    ウズベキスタン料理はどんな料理?


    ディーリャさんのウズベキスタン料理の紹介についてシリーズでお伝えしていきたいと思います。

    ウズベキスタンはかつて「ソ連の台所」と呼ばれました。そ れは農業が盛んだったから。じつはウズベキスタンの国土の 8割は砂漠地帯で、東側は高く険しい山脈地帯ですが、一部に肥沃な盆地があり、昔から農業が盛んでした。さらに、国 立・州立の農業大学による研究で、良質で種類豊富な作物が 作られるようになりました。ウズベキスタン産の農産物は、 今ではロシアでブランド品として流通されています。また牧 畜も盛んで、上質な肉も手に入ります。そのため、ウズベキ スタンでは肉も野菜もよく食べます。
    食事は肉料理が中心ですが、サラダや野菜を使った料理も必 ず食卓に上がります。
    肉じゃがのように、羊肉とジャガイモ やニンジンを煮込んだディムラマは定番の料理です。
    主食は、小麦粉と水と岩塩だけで作られる窯焼きパンか麺。
    伝統的なパンは丸く平たい形のナンで、炒めた羊肉を包み込 んで焼くパン、ソムサなども人気です。茹で餃子のようなチ ュチュワラの生地も小麦粉。日本のうどんに似たラグマン は、小麦粉から麺を手作りします。
    ウズベキスタン料理は粉物文化、とも言えるでしょう。稲作 も行われていますが、米はガルプチというピーマンの肉詰め で詰め物に加えるなど、野菜の一種として使われるのが一般 的です。例外として、羊肉の炊き込みごはんのプロフでは米 が主食となりますが、白いごはんをおかずとともに食べるという習慣はありません。

    主食はナンです。

    ウズベキスタン料理どんな味?


    素材を生かした優しい味が基本です。欧州のようにソースは 使わず、素材本来の味を味わいます。国民の多くがイスラム 教徒であるため、肉は羊か牛が主。ウズベキスタンの羊は 牧草を食べて育つので肉に臭みがなく、肉の旨味を引き立て るためにクミンなどのスパイスは使いますが、味付けはシン プルでクセがないので、日本の方にも食べやすいと好評で す。香りづけのディル、コリアンダー、パセリ、セロリ、バ ジルなどがいいアクセントに。羊串焼きのシャシュリックは ウイグル料理とも似ていますが、私の国では唐辛子は使いません。

    ウズベキスタンのデザート&スイーツ


    そしてデザート。ウズベキスタンにも様々なスイーツがあり ますが、甘くて新鮮な果物に恵まれているので、食後にはフ ルーツが主流です。春はさくらんぼ・イチゴ・ラズベリー。夏 はスイカ・メロン・杏・桃。秋にはブドウ・イチジク・ザクロな どが市場に溢れます。果物が少ない季節になるとドライフ ルーツの焼き菓子に代わり、焼き菓子が出されると私たちは冬が来たとのだと感じます。